「火乃木、あんたは魔術についてどれくらい知ってる?」 その質問は突然だった。 アーネスカと火乃木はマジックアイテムやらなんやらを買いながらエストの町を巡り、現在は昼食を取ってるところだった。 昼時で人も多く、中々活気がある食堂だ。 「え〜っと……魔術は魔法とは別物であるっていうことと、魔術にはいくつかの系統があって、それが一番基本の魔術になる。一番最初に作られた魔術は魔術師の杖を使うタイプってことかな?」 「魔術の基礎的な部分ね。じゃあ、そこから説明してあげるわ。ただ、魔術を使うと言うことにおいてはあんまり必要はないけど、知っておいて損はないと思うから」 「お手柔らかにね」 火乃木がそういうとアーネスカは雑談でもするかのように魔術について説明を始めた。 「まず、あんたが最初に言ったように、魔術と魔法は別物。魔術とは、その名の通り、術なのよ」 アーネスカはそこまで言って、骨付き肉《スペアリブ》をかじる。 「魔術は人間が擬似的に魔法を再現しようとして作り出したもの。魔術師の杖を使う場合ほとんどの場合呪文を唱えるでしょう? アレ、なんでだかわかる?」 「そう言えば……考えたことなかった……」 「呪文を唱えるのにはちゃんと理由があるのよ。そのそも呪文と言うのは、完成された魔術発動の式なのよ。そして、その呪文を言霊《ことだま》に変換して魔術師の杖に流し込んだ自分の魔力と結合させることによって初めて魔術は形になる。あらゆる魔術の原型がこれに当たるわ」 「全然知らなかったな〜。じゃあ、魔法って言うのはなんなのかな? 魔術と魔法は別物って言うことだけは聞いたことあるんだけど、具体的にどう違うのかはよく知らないんだよね」 「魔法って言うのはその名の通り魔の法。そもそも魔って何かしら?」 言われて火乃木は『魔』と言う言葉の意味を考え出す。悪魔とか断末魔とかそういう使い方をされるのは知っている。しかし、それがどういう意味なのか考えたことはなかった。 中々その答えが出そうにないと悟って、アーネスカは話を続ける。 「魔術用語において、『魔』とは人間が誕生したと同時に誕生し、人の心に強く作用する何かとされているわ。それが『何か』なのかは人によって異なり、人の心をたぶらかし、害悪をもたらすものであったり、逆に幸福をもたらすものである場合もある。人の心にいかなる形でも影響を与える全ての事象を、魔術用語では『魔』と呼んでいるわ」 「じゃあ、こうやって食事をして幸福感を得ることも『魔』なの?」 「『魔』と言う言葉自体は使わないけど、それも1つの『魔』といえるわね」 火乃木がハンバーグを適当にフォークで切りそれを口に運んでいく。 「即ち魔法とは、人間の心。引いては、あらゆる生命に対して何らかの形で強い作用をもたらす現象とされているわ。人間が作り出したものではない、現象。一般的な例は自然現象ね。雨で洪水が発生するとか、落雷で炎が発生するとか、尋常ではないほどの日照りとか、そういうのは人間に引き起こすことの出来ない現象。それが魔法と呼ばれるものよ」 「なるほど……」 「何を持って魔法とし、何をもって魔術と判別するのかは人間が作り出したものであるかないかと言う点。ボム・ブラストで森に火を放って山火事が発生したってそれはただ魔術でそうなったというだけでは魔法でもなんでもない。私達が日常的に使っている魔術はあくまで術。人間が擬似的に作り出したもの。しかし、これを突き詰めすぎて魔法の領域……即ち魔術によって作り出した物を、1つの『現象』の領域にまで達成させてしまった魔術師もいる。そういう人は魔法使いと言う称号で呼ばれると同時に、ルーセリアでは危険因子と見なされ封印指定を受けることになりかねない」 「実際になっちゃった人っているのかな?」 「いるわ。私が知る人物に1人……」 「どんな人? すごく興味ある!」 「あんたもよ〜く知ってる人よ」 アーネスカはそこまで言って水を一口含む。 「ボクの知ってる人?」 「……鉄零児《くろがねれいじ》……あいつは間違いなく魔法使いよ」 トイレに行くと言って、零児はエストの町に戻っていた。言葉どおりに解釈するなら、適当な店で借りればいい話だ。 しかし、零児はどこの店にもいなかった。 いくつもの店と店の間に存在する裏路地。 人がいるようなところでもなく、日が昇っている間すら日が当たることのない場所。 そこに零児はいた。 「そろそろ出てきたらどうだ? わざわざ1人になってやったんだからさ」 その場に零児以外に誰もいない。しかし、零児はわかっていた。一見誰もいないこの状況下において、自分のことを見ている何者かの存在に。 「やはりお主には分かってしまうか……」 「拾われた頃からの付き合いだからな。そりゃ分かるさ……」 その男は影の中から、ヌーッっとその姿を現した。 和服を着こなす長身細身の男。右目には黒い眼帯をつけており、背中に刀を背負っている。 和服と言うだけでもルーセリアでは目立つ格好なのに、眼帯に刀と、特徴のある姿だ。 「あんたの仕事は叔父《おやじ》のボディガードだろ? わざわざこんなところまで来るってことは、重要な任務でこっちまで来ているということか? 進《しん》さん」 「無論任務でなければここにはおらぬ。が、お主と接触したのはそれとは違う理由があるからだ」 「?」 「まず、これはカイル殿からのメッセージなのだが……」 「叔父《おやじ》から?」 カイルというのは零児の育ての親のことだ。一ヶ月以上前まで、その男の元で零児は生活していた。 進と呼ばれた男は小さく頷き続きを話す。 「アルベルト・シュナイダーという男とは関わるな……とのことだ」 「アルベルト……シュナイダー?」 その名前には聞き覚えがあった。いや見覚えといった方がいいかもしれない。 「知っているのか?」 「直接面識はないが、その名前は聞いたことがある。だが、叔父《おやじ》なぜ、その男に注意しろと?」 「その質問に答える前に、お主はカイル殿が何をしているかは知っているな?」 「生態兵器開発組織バイオロウゴンの撲滅」 「その通りだ……」 バイオロウゴンとは、ルーセリアから見て異大陸であるストラグラムと言う国で組織された生態兵器開発を目的とする組織だ。 しかし、あまりにも非人道的な実験などにより、ストラグラム国から組織解体を命じられたため、今となっては架空の組織となっている。 が、水面下で活動している人間もおり、そういった人間が今なおも実験を繰り返し、生態兵器の開発と売買を行っているという。 零児の叔父カイル・エルマンはそういった犯罪組織を壊滅するために作られた【バスターエビル】と言う組織の人間なのだ。 「そのバイオロウゴンの残党である、アルベルト・シュナイダーはもっとも活動的に動いているらしい。詳しい情報は定かではないが、カイル殿は、お主がアルベルト・シュナイダーとなんらかの関わりを持ってしまうことに不安を感じたようだ。特に、組織の名が知れ渡っていないルーセリア、エルノク、アルジニスの三カ国を拠点にして活動しているらしいからな」 「なるほどね……」 「拙者の任務はアルベルト・シュナイダーに関する調査と、3週間前に起きた、兵士の大量消失事件の調査だ」 「兵士の大量消失? 3週間前……?」 ――それって……。 零児は思い出していた。それが何のことなのか。 3週間前、エルマ神殿からの依頼を受けた際に戦った巨大スライム。そいつとの戦いに巻き込まれた多くの兵士達。 「進さん。どうやら間接的に、俺はアルベルト・シュナイダーと関わりをもっちまったっぽいぜ」 「どういう意味だ?」 零児は3週間前に起こった出来事を全て話した。 エルマ神殿での出来事と、自然界に存在しないであろうスライム。ノーヴァス・グラヴァンの死とその男に当てたであろう、アルベルト・シュナイダーからの手紙について。 「なるほど……」 「ノーヴァスの館で、俺はアルベルト・シュナイダーからのものと思われる手紙を見つけた。そして、これもな」 零児は懐《ふところ》から笛を取り出した。 ノーヴァスが吹くことによってシャロンにレーザーブレスを吐かせた笛だ。シャロンについては適当にはぐらかしながら、笛について簡潔に説明した。 「確かに間接的に関わりを持ったといえるかもしれないな……。零児。お主はこれからどうするつもりだ?」 「俺達の当面の予定はエルノクへ向かうことだ。そのために2日後に行われる湿地地帯の大蛇討伐作戦に参加する予定でいる」 「……」 進はしばらく何かを考え、数秒後に口を開いた。 「カイル殿はアルジニスを、拙者は今ルーセリアでの調査を行い、終了次第エルノクへ向かう予定だった。だが、どうやら有力な情報を手に入れられそうだ。零児、拙者はそのノーヴァスの館とやらへ向かう。その後はエルノクへつくまでの間、行動を供にしたいと思うが、どうだ?」 「構わない。こっちも進さんがいるのは心強いからな」 「フッ……。2日後にまた会おう……」 進はそれだけ言い残しその場を去った。 「なんだろう……胸騒ぎがする」 零児は言い知れぬ不安を抱きながらその場から離れた。 アーネスカの言葉が火乃木には信じられなかった。というよりも、疑問の方が大きい。 「レイちゃんが……魔法使い……?」 「いや、ちょっと違うかも。零児が魔法使いなのではなく、零児そのものが魔法ね」 「一体、どういうことなの?」 「火乃木、魔術って言うのは何かを媒体にしないと使えないの」 「それ、さっきも言ったよね。魔術師の杖をはじめとして、魔力を溜め込む器がないと魔術は発動できない」 「そう。魔術は魔力を流し込む器が必要。その魔力と呪文による式が1つになって魔術となる。だけど、零児の物質精製魔術には呪文も器としているものもない」 「あ……!」 「零児は複雑な呪文を唱えることなく、ただ自分のイメージしたものを作り出すことが出来る。そんな魔術は存在しない。それが出来る零児は魔術師として異端の存在なのよ」 「今まで……そんなこと考えたこともなかった」 そこまで言って火乃木はあることに気づいた。 「ねぇ、魔法って現象のことなんでしょう? だったらレイちゃんが特殊な魔術を使えるって言うことは魔法とは言わないんじゃ……」 「それは、自然災害に限定して話をした場合。零児の魔術は、魔術の基本を根底から覆してしまう。これは現象と言う言葉で一括りに出来るような話じゃないのよ……」 「そ、そうなんだ……」 今まで普通に零児と接してきた。しかし零児の魔術である無限投影が実は魔術どころか魔法の領域に到達しているものだというのは流石に気づかなかった。 「零児はそのことについて何か話はしないの?」 「なんでこんな能力を持ってるのかって聞いたら、気づいたら使えるようになってたって言うだけで、他に何も」 「なるほど……。あいつ自身、色々過去に謎がありそうねぇ……。まぁ、そんなこと今考えたところでわかりっこないし、知るべきときが来たら知ることになるだろうから、あたしはあんまり気にしないけど」 「でも、アーネスカの話が本当なら、レイちゃんは魔術の封印指定を受けかねないんじゃないのかな?」 「人前ではなるべく使わないようにするって言ってるんだし、問題ないと思うわ。それにあんたがそんなこと気にしたってしょうがないことでしょう?」 「まあ、そうだけど……」 「零児のことが好きなら、零児のことをまっすぐに信じてあげなさい。あたしは寝取ったりしないからさ」 言われて火乃木の頬が赤くなった。他人に言われるとなんとなく恥ずかしい。 「ボクは……レイちゃんを信じるだけ……うん。そうだよね」 そのとき。 「何してるんだお前たち?」 1人の男の声が聞こえた。 火乃木とアーネスカはその男を見る。 「リーオ君……」 声の主は湿地地帯前のコテージで零児にいきなり掴みかかった男、リーオだった。 「何しに来たのよあんた……」 「ま、そう邪険にすんなよ。こちとら情報を持ってきてやったんだからさ」 言ってリーオは懐から紙切れを一枚出してきて広げる。 その紙切れには筋骨隆々の男の姿が描かれている。 「これってルーセリア王じゃない!?」 アーネスカが驚きの声をあげる。 「そう。2日後の大蛇討伐の際には、ルーセリア王自らが湿地地帯前までやってくるそうだ」 「なんでわざわざ……」 「3週間前、ルーセリア王都の前で、ルーセリア兵18人と、それを率いていたルーセリア魔装騎士団の1人、ファウネル隊長とエルド副隊長計20人が謎の消失をしたんだ」 火乃木とアーネスカは思った。スライムと戦ったあの事件のことだと。その20人なら巨大スライムに飲み込まれ跡形もなくなってしまった。 少なくとも零児はそう語っていた。 「魔装騎士団……ジルコン・ナイトね」 ジルコン・ナイトとはルーセリア王都における王宮お抱えの騎士団のことだ。魔術と剣術その両方の成績が優秀である者達の集まりである。 「そう。そのときの件でジルコン・ナイトに欠員が出ちまったんで、今回の蛇退治においてルーセリア王のおめがねに適った人間はジルコン・ナイトに迎え入れるんだそうだ」 「凄い話ねそれ……でもあたし達とは関係ないんじゃない? あたし達は旅をしてる身の上だし……」 「そこでだ火乃木!」 「うわっ……無視しやがったコイツ……」 アーネスカの話を無視して、リーオは火乃木の手を握り熱く話しはじめた。 「え? なに……?」 「今回のまたとないチャンス、2人でジルコン・ナイトを目指してみないか!? 俺とお前ならやれるって!」 「え゛……で、でもでも……!」 火乃木の言い分を遮りリーオはさらに熱くなる。 「大丈夫! 俺だって剣の腕はそこそこあるし、火乃木の魔術が合わされば大蛇なんて……」 「いくわよ、火乃木」 しかし、次の瞬間アーネスカが立ち上がると同時に火乃木の腕を掴んで立ち上がらせ会計に向かう。 「あ! 痛いよアーネスカ!」 「お、おい! 人の話聞けよ!」 「あんたがね!」 アーネスカはそそくさと会計を済ませると火乃木をつれて店から出た。 「……お、おおお俺は諦めないからなぁー!」 怒りか戸惑いか、リーオは大声で店の中で叫んだ。 すでに店の外に出ていたアーネスカにもその声は聞こえていた。 「いつまでもやってなさい……」 「おや? これは……」 零児はシャロンとネレスの元へ戻る途中、ある店の前で足を止めた。 ガラスのショーケースに飾られていた剣を見つめる。どうやら今売れ行きの剣らしい。ネームプレートにはマジック・ダスト・ブレードと書かれている。 柄の先端にひし形の穴が開いていて、刀身は淡い青色にコーティングされている。 興味が沸いたので早速店に入ってみることにする。 「いらっしゃいませ」 中年の男性が笑顔で挨拶をする。 「ちょっと気になった剣があるんですが……」 「はい、なんでしょう?」 「外のショーケースに置かれていた「マジック・ダスト・ブレード」と言う武器についてなんですが……」 「お〜お客さんそれは目が高い! あの剣はこのエストの町で開発された剣でしてね。最近発売されたばかりの人気商品なんですよ」 人気商品といわれてもどういう理由で人気商品なのか分からない。零児はさらに突っ込んで話を聞いてみる。 「どういったものなんですか?」 「それを口で説明しても理解されることは出来ないでしょう。裏に実際に試し振り出来る場所を設けてありますのでそちらで説明いたします。こちらの方へどうぞ。おーい! かあちゃん。店頼む〜!」 「あいよ〜!」 店の店主が奥さんらしき女性にそうお願いして零児と店主は店の裏のほうへ向かった。 店の裏側にある広場にて、マジック・ダスト・ブレードを試し振りをさせてもらうことになった。 零児はそれを構え、軽く振る。 重さは申し分ない。普通の剣だ。しかし、気になるのは柄にあいた穴だ。 「店主。この穴は何に使うんだ?」 ただ単に紐を吊るすための穴と考えることも出来るがそれではマジック・ダストと言う名前に説明がつかない。 「ちょっと貸してみてください」 言って零児はマジック・ダスト・ブレードを手渡す。 店主は赤いひし形の宝石をその穴にはめ込む。見たところスピネルと言う宝石のようだ。 「剣に魔力を込めてから振ってみてください」 「こうか……?」 零児は言われたとおり、刀身に魔力を込めてから一振りした。 すると、刀身全体が炎に包まれた。剣を止めるとその炎は一瞬で消えてなくなり、もう1度振ると炎が現れる。 「マジック・ダスト・ブレードは柄に装着したスピネルに予め属性を付与しておくことにより、使用者の魔力を食らい刀身にその特定の属性を付与できる氣術剣なのです。今でしたら炎と雷の属性を付与したスピネルを1つずつセットで、金貨28枚で販売しておりますが、いかがでしょう!」 「なるほど……悪くないかもな」 ――問題は片手で上手に扱えるかどうかぐらいのものだからな。 「ただ、お客さんのように片手の方には扱いずらい可能性も十分ありますが……」 店主が零児の左腕を見てそういう。 マジック・ダスト・ブレードは零児が普段使っているソード・ブレイカーよりも大きな刀身を持つ剣だ。 片手で扱うには少々重い。 「いや、俺には十分な重さだ。これを買ってくよ」 「そうでございますか。ありがとうございます!」 店主は深々と頭を下げ、店に戻る。当然会計するためだ。 「いい買い物をしたかもな」 そうつぶやきつつ、零児はマジック・ダスト・ブレードの会計を済ませた。 |
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